大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)204号 判決 1981年2月17日

上告人

国分金吾

右訴訟代理人

竹内知行

外三名

被上告人

岡安商事株式会社

右代表人

岡本昭

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹内知行、同井上克己、同仲辻章、同荻原統一の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、商品取引員である被上告人が仕手の注文に対しこれに応ぜずゴム取引の買建をしなかつたことは、仕手とは別に買建をしていた上告人に対する不法行為にあたらないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

上告代理人竹内知行、同井上克己、同仲辻章、同荻原統一の上告理由

第一点 原判決は経験則の適用を誤りこれが法令に違背しており、それが判決の結論に影響を及ぼすこと明らかであるので破棄さるべきものである。

一、原審は、

(1) 原告(被上告人)は冨岡直義との間に取引があり、昭和四三年五月以降は主として取引の売買の委託を受けていたが、冨岡はいわゆる仕手として大量に買付にまわつたゴム相場が徐ゝに高騰し、同年七月には相場の過熱に対する不安が業界に広がつたことから、仲買人協会の者や仲買人が原告人に対し穏便な取引をするよう度ゝ申し入れていた。

(2) 原告会社の当時の代表取締役岡本ナラチヨは右申し入ももつともであると考え冨岡に対し相場を上げないように穏便に取引してくれるよう申し入れておいたが、冨岡が取合わずに依然として買建をすゝめるため、同月一八日、原告会社内部で、冨岡については買建をするときには丸代金(通例、当限二二日以降の取引について預託請求がされていた。)を納めさせることゝし、その旨を冨岡の注文の取次を担当していた原告会社外務員播吉修嗣に指示した。

(3) ところが翌一九日前場第一節では、播吉が右指示に反して丸代金なしで冨岡のために買注文をしたが、同第二節では冨岡の買注文があつたのに原告は播吉が買建することを許さなかつた(原告が冨岡に買建させなかつたことは当事者に争いがない。)こと、そのため売玉が殺倒してたちまち価格が低下した。

(4) これより先、原告の冨岡に対する前記申入れから右(3)の事態の発生を予期した為か播吉とゝもに冨岡の取引を担当していた和田信が冨岡の為に他の仲買人に対し現金を持参してゴムの買建を委託しようとしたが、どの仲買人もこれを拒絶した。

以上の事実を認めることができ、乙第一二、一三号証のうち右認定に副わない部分は措信できないし、又証人土橋日出男、同田辺利恭の供述中、冨岡に買建させなかつたのは同人に委託証拠金が不足していたからであつたとの部分は、前記乙第八号証ないし同第一一号証に照して措信できず、かえつて右乙第一〇号証によると、原告は遅くとも同年七月一〇日以降の冨岡の委託証拠金が不足していたことを後日になつて認識したが、同月一八日、一九日当時にはその旨を認識していなかつたことが認められる。と認定し、(一)昭和三四年七月一八日頃神戸ゴム取引所のゴム相場取引は、買方仕手訴外冨岡の買いすゝみにより、相場は異常な状態となり、冨岡が更に買いすゝめば相場は益ゝ高騰し、より異常となる状態であつたこと。(二)被上告人は正当な理由なく(丸代金の請求は右時点では違法なものであり、しかもこれすら被上告人内部の打合せ事項であり専務取締役近藤進、外務員播吉等は冨岡に伝えていない――乙第九、一〇号証)、同月一九日前場二節冨岡からの買注文があつたにかゝわらず買建させなかつた。(三)そのため同場同節より売玉が殺到してたちまち価格が低下した事実を認めている。

二、商品取引相場でいわゆる仕手戦に突入し、仲買人協会すら取引につき申し入をする異常な状態においては、いわゆる力相場であり経済状勢の特別なしかも急激な変化がない限り売方、買方との力関係以外に大きく相場(価格)の上げ下げを左右する要素は何も存しない。売と買との力関係が一旦破れゝば堤が破れて河水が奔流するが如く暴騰、暴落することは必至である。これが世に認められている経験則である。

従つて経済状勢の特別な急変が存しない七月一九日被上告人が、冨岡から買注文があり外務員である播吉がこれを受けながら正当な理由なく買建をさせなかつたこと以外に暴落の原因は存せず、それが唯一のものであつたこと明らかである。

三、しかるに原審は右経験則に反して「元来この種の取引は、経済状勢その他多くの要素が微妙に絡み合い、売と買との相対的関から価格が形成されていくものでありかつその点に取引の妙味がある。」として「被上告人の右行為は暴落の一因であり妥当性を欠くものといえるが、不法行為であると解するのには相当でない。」と判示している。

誤まれること明らかである。前述の如く異常相場での価格形成の経験則によれば、「唯一の原因であり、妥当性を欠くに過ぎないものでなく、明らかに不法行為である。」

右判示するところのものは平常時に妥当する経験則に過ぎないのである。それが故に被上告人はじめ全ての関係者は被上告人の本件所為により暴落することを事前に承知していたのである。

右経験則違背は法令違反を構成するものであり、それが判決の結論に影響を及すこと明らかである。

第二点 原判決は民法第七〇九条の解釈を誤り、これが判決の結論に影響を及ぼすこと明らかであるので破棄さるべきものである。

一、第一点で述べたように原審判決は経験則に違背した。その結果被上告人の本件所為をもつて不法行為に当らず、単に妥当性を欠くに過ぎないものと判示した。これは民法七〇九条の解釈を誤れるものである。即ち経験則によれば、本件暴落は被上告人の本件所為によつてのみ惹起されたものであり、被上告人は故意に(少くとも重大過失により)これをなしたのである。

相場取引において上告人のような所謂チョウチンは仕手と称する大口の買建、売建の相場操作に便上して利益を得ようとする者であるから、たまたま仕手が買建或いは売建を放棄した結果、相場が下落し損害を被つたとしてもチョウチン自らの責任であり、これを仲買人の責任とすることはできないが、仲買人が本件の如く故意に(或は重大過失により)仕手の買建、売建を何ら正当な理由もなくストップするが如き場合には、当の仕手に対して義務違反になることは当然、それ以外の他の委託者に対しても違法な行為となる。相場取引はその取引所の会員である仲買人を通してのみ為しうるのであり、仲買人は相場取引においていわば独占的な地位を有しているから、一般委託者に不測の損害を与えてはならないのである。被上告人は、本件所為のもたらす結果は仲買人(プロ)として十二分に知つていたものである(乙第九、一〇、一二、号証)。これが不法行為たること明らかである。

<参考・原判決理由抄>

《原審の認定事実及び判断は、次のとおりである――編注》

二 右取引所におけるゴムの取引は昭和四三年七月一九日前場第一節までは正常な状態で推移していたが、同日前場第二節において暴落し、ストップ安となつたことは当事者間に争いないところ、被告は、右暴落の原因は原告の不法行為に基因するから、原、被告間の値洗計算は昭和四三年七月一九日以降の相場によるのではなく、正常な取引が行われていた同月一八日の神戸ゴム取引所後場最終値を基準とすべきであると主張するので検討する。

<証拠>によると、

1 原告は富岡直義との間に取引があり、昭和四三年五月以降は主としてゴム取引の売買の委託を受けていたが、富岡はいわゆる仕手として大量に買付にまわつたためゴム相場が高騰し、同年七月には相場の過熱に対する不安が業界に広がり、仲買人協会の者や仲買人が原告に対し穏便な取引をするよう度々申入れていた。

2 原告会社の当時の代業取締役岡本ナラチヨは右申入ももつともであると考え、富岡に対し相場を上げないように穏便に取引してくれるよう申入れておいたが、富岡が取合わずに依然として買建をすすめるため、同月一八日、原告会社内部で、富岡については買建をするときには丸代金(通例、当限二二日以降の取引について預託請求がされていた)を納あさせることとし、その旨を富岡の注文の取次を担当していた原告会社外務員播吉修嗣に指示した。

3 ところが翌一九日前場第一節では、播吉が右指示に反して丸代金なしで富岡のために買注文をしたが、同第二節では富岡の買注文があつたのに原告は播吉が買建することを許さなかつた(原告が富岡に買建させなかつたことは当事者間に争いがない。)こと、そのため売玉が殺到してたちまち価格が低下した。

4 これより先、原告の富岡層に対する前記申入れから右3の事態の発生を予期したためか、播吉とともに害岡の取引を担当していた和田信が富岡のために他の仲買人に対し現金を持参してゴムの買建を委託しようとしたが、どの仲買人もこれを拒絶した。

以上の事実を認めることができ、<中略>、かえつて<証拠>によると、原告は、遅くとも同年七月一〇日以降の富岡の委託本証拠金が不足していたことを後日になつて認識したが、同月一八日、一九日当時にはその旨を認識していなかつたことが認められる。また本件全証拠によるも、原告が富岡に対し買支えを約した事実を認めることはできない。

右認定事実によれは、原告が富岡に買建させなかつたことがゴム相場の暴落の一因となつていることが明らかであり、また仲買人としての原告のとつた措置として妥当性を欠くものといえるが、元来この種の取引は、経済状勢、その他多くの要素が微妙に絡み合い、売と買との相対的関係から価格が形成されていくものであり、かつその点に取引の妙味があるのだから、原告が買建をしないために価格が低下したからといつて未だ原告の右行為をもつて不法行為であると解するのは相当でない。

したがつて、不法行為を前提とする被告の主張は、右前提が認められないので採用の限りでない。

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